中山道六十九次も歩きます。

東海道五十三次を踏破した後。2017年 立春に京を旅立ち、江戸に向けて歩きます。今回の旅路は中山道。

02. 東海道を振り返りながら

さて、まずは戦支度です。

京都駅で地下鉄に乗り換え、
烏丸御池 (からすまおいけ) 駅で降車します。

珈琲店「イノダコーヒ」さん本店は
三条通から少し南に入ったところにあり、
外観・内装 共にクラシカルな趣です。

ボリュームたっぷり「京の朝食」をいただき、歩く準備は万全です。

身体に染み込む寒さの中 三条通を東に歩いて行くと、ほどなくして「三条大橋」が見えてきます。

橋のたもとで、弥次さん喜多さん像に 再びお目にかかります。
東海道中膝栗毛」で江戸から お伊勢参り に出かけ、京・大坂まで旅をした2人。
「続膝栗毛」では 金毘羅・宮島まで足を延ばした後、中山道を通り江戸に帰ります。

私もこれから、歩いて江戸に戻ります。
この先、どのような出来事が待ち受けているのでしょうか。

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AM9:30
鴨川に架かる三条大橋を渡り、京の都に別れを告げます。

中山道三条大橋から大津を経て草津 (滋賀県) まで、東海道と同じ道を辿ります。

3ヵ月前、夕日に照らされる京のまちなみを見ながら
たくさんの旅の思い出を胸に 西へ向かった三条通

本日は すっかり朝日が昇り 研ぎ澄まされた青空の下、東に向かって歩きます。

平安神宮の大きな朱色の鳥居を左手に見送り、長く続く上り勾配の道を進んで行きます。

蹴上 (けあげ) 駅付近にて、街道から少し左に逸れてみます。

琵琶湖の水を京都に引くための水路
琵琶湖疏水 (びわこそすい)」は、
数々の困難を乗り越えて 明治23年に完成しました。

琵琶湖の水は 水力・灌漑・防火などに利用されると同時に、
疏水により旅客や貨物が船で運搬されていました。

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インクライン (傾斜鉄道) 」跡地です。
琵琶湖疏水を利用した水運は 蹴上での高低差が大きいため、船ごとインクラインの台車に載せて 急斜面を昇降させていました。
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近くにある 南禅寺 (なんぜんじ) 三門をくぐります。

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琵琶湖疏水の水路橋「水路閣」です。

お寺の境内にありながらも、レンガ造り・アーチ構造の重厚なデザインが 静かな景観に溶け込んでいます。
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京都の町を彼方に眺め、そろそろ街道に戻りましょう。
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三条通をしばらく歩き、途中で小道に分け入ります。
いかにも昔の街道で 道幅は非常に狭いのですが、地元の方々の車が わりと頻繁に往来します。

御陵 (みささぎ) 駅を過ぎたあたりで、再び三条通と合流します。

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三条通から左に入り、

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真っ直ぐに続く道を進んで行くと、

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天智天皇陵」
天智天皇 ("大化の改新" を行った 中大兄皇子) の陵墓です。

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ここでも琵琶湖疏水を見つけました。

3ヵ月前は 日が沈むまでに…と旅路を急いでおり、天智天皇陵や南禅寺水路閣インクラインに立ち寄ることはできませんでした。

中山道旅立ちの今、寄り道したり 美味しいものを食べたりしながら 先を急がず楽しむことに。

以前通った道なので、少々なつかしい気持ちに浸りながら 心に余裕も生まれます。

山科 (やましな) 駅を過ぎ、四宮 (しのみや) 駅近く
和食「あづまや」さんで お蕎麦をいただいたのは13時頃。

本日の目的地 大津まで、時間的にも相当な余裕をもって向かいます。