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中山道六十九次も歩きます。

東海道五十三次を踏破した後。2017年 立春に京を旅立ち、江戸に向けて歩きます。今回の旅路は中山道。

04. 大津にて ひとやすみ

眠い目をこすりながら始発に乗り込み、
電車に揺られること9時間強。
いったい何処の国を訪れたのかと問われれば…

それは「近江国 (おうみのくに) 」

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2017/3/4 (土)

いよいよ春の「青春18きっぷ」シーズン到来。
切符を鞄に忍ばせて、ひたすら電車に揺られます。

思えば1ヵ月前の "中山道歩き 第1日目" では、新幹線 のぞみ を利用しました。
東京から京都まで2時間強という速さは、徒歩や普通列車での移動に比べれば 一瞬とも思えます。

今回、JR大津駅に到着したのは既に14時過ぎ。

… はるばるやって来ましたが、
本日 中山道歩きはお休みです。

向かった先は 近江大津京ゆかりの古刹
「長等山 園城寺 (ながらさん おんじょうじ) 」
三井寺 (みいでら)」とも呼ばれます。

現在から時を遡ること1,350年。

667年、天智天皇により都が飛鳥から近江に移され「大津京」が開かれます。

672年、天智天皇の後継を巡り「壬申の乱」が起こります。
   勝者 : 大海人皇子 (天武天皇) / 天智天皇の弟
   敗者 : 大友皇子 (弘文天皇) / 天智天皇の子

敗れた大友皇子の菩提を弔うために、その皇子である大友与多王が 田園城邑(じょうゆう)つまり 田畑屋敷を寄進してお寺を建立し、 天武天皇から「園城」という勅額を賜わった
… ことが、園城寺の始まりとされているそうです。

勝利した大海人皇子は 再び飛鳥に遷都し、大津京はわずか5年で廃都となりました。

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「金堂」
本尊の弥勒菩薩天智天皇が信仰されていた仏様だと伝えられています。
現在の建物は 豊臣秀吉の正室 北政所 により慶長4年 (1599年) に再建されたもの。

広い敷地内にある貴重な建物の数々を見学してまわり、琵琶湖を眺めながら都が置かれていた往時を偲びます。
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さて、まだ日が沈むまで時間がありますが…
本日の目的は もうひとつ。

1ヵ月前にいただいた「かねよ」さんの鰻。
あの美味しさを もう一度。

前回はレストランに入りましたが、今回は庭園のある本店へ。
広い空間に 離れの部屋 があり、それぞれ個室になっています。
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窓から外を眺めると、京阪電車が通過中。
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そして… 再び お目にかかります。
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今回は「きんし丼」
やはり この迫力に驚かされます。
お味は間違いありません。

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帰り際にスタンプを発見し、いそいそと押しながら 満たされた心持ちでお店を後にします。

今日は全く進まなかった中山道歩き。
明日は東に進みます。