中山道六十九次も歩きます。

東海道五十三次を踏破した後。2017年 立春に京を旅立ち、江戸に向けて歩きます。今回の旅路は中山道。

06. 訪れたのは近江何景?

近江八景
比良暮雪     ひら の ぼせつ
堅田落雁     かたた の らくがん
唐崎夜雨     からさき の やう
三井晩鐘     みい の ばんしょう
矢橋帰帆     やばせ の きはん
粟津晴嵐     あわづ の せいらん
瀬田夕照     せた の せきしょう
石山秋月     いしやま の しゅうげつ

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時刻は午前9時40分。
琵琶湖畔の膳所城を後にして、再び街道を歩きます。

城下町特有の何度も直角に曲がる道は、視界を遮り敵の侵入を防ぐという防衛上の目的があったようです。
鉤の手 鍵の手 (かぎのて)・桝形 升形 (ますがた) などと呼ばれます。

しばらく進むと、学校や企業の建物の間を抜けながら 道は大きく曲がります。
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後に分かったことですが、どうやらこのあたりは近江八景の1つ「粟津晴嵐」であるとのこと。
木曽義仲が討死した "粟津ヶ原" であり、以前は松並木が続いていたそう。
歩いているときは特に意識することなく、いつの間にか近江八景を通り過ぎていたようです。
地図を見ると 付近には「粟津」と名の付く駅や学校があり、一帯の地名は「晴嵐」と記されています。

さて、京阪電車 石山駅前を通りかかり…
とても美味しそうな洋菓子屋さんの横を黙って素通りできるはずもなく、お店の中に吸い込まれ お菓子を少し購入します。

さらに進むと、「近江牛」の看板を掲げたお店が目に留まります。
興味があります。
しかし "準備中" なので やむなく店先を通り過ぎます。

(もし "営業中" であったなら、本日の中山道歩きはここで中断され 優雅なランチタイムを過ごしていたことでしょう。)

さあ、いよいよ近づいてまいりました。
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瀬田の唐橋 (せたのからはし)」
   ( 勢多の唐橋・瀬田の長橋 )

近江八景「瀬田夕照」で名高く、
「唐橋を制する者は天下を制す」
と言われた交通の要衝です。

かつて瀬田川に架かる唯一の橋であった唐橋は、古来 幾度となく戦乱の舞台となりました。

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「もののふの矢橋の船は速けれど
    急がば回れ瀬田の長橋」

( 武士のやばせの舟は速くとも
    急がば回れ瀬田の唐橋 )

これは、宗長 (室町時代連歌師) により詠まれた歌です。

当時 草津から琵琶湖の対岸 大津に向かうには、草津の矢橋 (やばせ) から船で渡ると距離が短く近道でしたが、比叡山から吹き下ろす突風により危険を伴いました。
そこで、瀬田の唐橋を通る道は 遠回りではあるけれど安全で確実とされました。

この歌は「急がば回れ」ということわざの由来となっているそう。

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先ほど仕入れたお菓子をいただき ひとやすみ。

瀬田の "夕照"
きっと夕日が素晴らしいのでしょうが、本日は先を急がねばなりません。

(つづく)

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ところで、前日 (2017年3月4日) 訪れた園城寺 (三井寺) でも、近江八景に出逢っていました。

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三井晩鐘 (みい の ばんしょう)

「音の三井寺」として日本三名鐘のひとつにも数えられ、今も昔も変わらぬ鐘の音を聞くことができるそうです。