中山道六十九次も歩きます。

東海道五十三次を踏破した後。2017年 立春に京を旅立ち、江戸に向けて歩きます。今回の旅路は中山道。

08. 今日は草津の日。

天気予報に偽りなく、朝から傘が手放せません。

すっかりお馴染みとなった始発に乗り込み、
懲りずに9時間の電車旅です。

車窓から眺める野山や土手の風景が、
悪天候で憂鬱な気持ちを補って余りあります。

芽吹き始めた草木の緑
丹念に耕され 新たな種が蒔かれる畑
時おり見かける菜の花
そして 全ての景色に心ほころぶ華やぎを与える満開の桜

灰色の空が、里の春の訪れを 静かに喜んでいるようです。

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2017年4月8日 (土)
滋賀県草津駅に着いた頃、時刻は14時を過ぎていました。

草津を訪れるのは3度目です。

1度目は5ヵ月前、
"東海道" 歩き最終日。
京都 三条大橋を目指し、足早に通り過ぎました。

2度目は1ヵ月前、
"中山道" 歩き2日目。
東海道中山道の追分で感慨にふける間もなく、駅へと急ぎ 帰りの電車に飛び乗りました。

3度目の今、
このまま何事も無かったかのように草津を離れるのは心残りです。

今日はあいにくの空模様。
中山道を先に進まず、草津で過ごすことに決めました。

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かつて、草津宿には本陣が2軒ありました。
一方の "田中七左衛門本陣 (木屋本陣)" は、ほぼ完全な姿をとどめており 公開されています。

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表門には「近衛殿御休」と記されている "関札 (せきふだ)" が掲げられています。
今が江戸時代であると空想して…
本日は公家の五摂家のひとつ 近衛家 の方が ご滞在でしょうか。

本陣の利用は、勅使・宮・門跡・公家・大名・旗本 に限られていたそうです。

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玄関広間から長い畳廊下を通り、いちばん奥の "上段の間" と庭園を見学します。

上段の間 は、本陣の中で最も格式の高い部屋。

浅野内匠頭長矩
吉良上野介義央
皇女和宮 (静寛院宮)
会津藩松平容保
徳川慶喜
新選組 土方歳三

歴史上重要な方々が、この本陣で休泊なさっています。

当時は、一般庶民が本陣 ましてや上段の間に足を踏み入れるなど 考えられないことです。

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湯殿

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台所

街道を挟んで反対側には、もうひとつの本陣 "田中九蔵本陣" があったようですが 建物は残っていません。

草津宿の本陣は両方とも田中姓であったため、休泊者による本陣間違いのトラブルもあったようです。

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続いて 街道交流館 に足を運び、草津宿について学びます。

「浮世絵摺り体験コーナー」では、4色摺りに挑戦。

題材は、覚えたて "近江八景" のひとつ
"矢橋帰帆 (やばせ の きはん)"
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各色が少々ずれましたが、雰囲気は出ているので良しとします。

そして、
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「マンホールカード」をいただきました。

街道交流館を後にして、資料 (マップ) を手がかりに実物のマンホールを探していると、
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ありました!

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草津宿を去る前に…
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草津川に咲き渡る桜を観賞します。

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かつての「草津川」は 、川底が周辺の平面地よりも高い "天井川" でした。
度重なる災害を引き起こしていたので 治水事業により廃川となり、跡地が公園として整備されたとのこと。

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草津川から見下ろす草津宿


明日は中山道を先に進みます。
天気予報は… 朝から雨。